今日も朝から汗ばむ陽気。ちょっと曇り空だが、気温は30度を既に越えている。昼食をとった後、まず、地元の喫茶店「丘の家」でアイスコーヒーとサービスの紫蘇ジュースを飲んだ。水分補給完了後、若柴の丘を下りて出発地点鶴舞に向かった。カメラの準備OK!
pm2:45

鶴舞(龍ヶ崎市庄兵衛新田町)
昔、鶴が舞っていたのだろうか、鶴舞という地名。 ここは牛久沼の東岸を国道六号線が通り、道の両側に鰻料理店が並んでいる。またここから見る夕焼けは特別美しく、私のお気に入りのスポットだ。午後の3時前、まだまだ真夏の日差しは厳しい。
PM2:45 鶴舞をスタートした。
pm3:00

庄兵衛新田町国道六号線より
湖面に浮かぶ帆、これはウインドーサーフィンに興ずる若者たちである。うう・・、ウインドサーフィンか、不器用な私には難しいだろうな、でもやってみたい。
鰻料理店寺田屋角を左に向かい六号線から離れ沼に沿って自転車を走らす。ここから牛久市に入る。左手に牛久沼、右手小山が横たわっている。岡見氏や由良氏の居城があった牛久城跡である。
やがて急な坂道となり、一気に登ると、そこは住井すゑや小川芋銭が活躍した牛久市城中町である。ぐねぐねとした古い閑静な町並みが続く。ここは牛久沼周辺の中でも、私のもっともお気に入りの場所で、日常的によく通う場所なので、今日は通過するのみ。
pm3:20

牛久アヤメ園前、三日月橋より
「小川芋銭の河童の碑」の入り口手前から台の下に小路が続いている。この路を降りると牛久アヤメ園に出る。生前の小川芋銭がよく散策した道らしい。周りは水田が広がり、その先には牛久沼が見える。
pm3:25

三日月橋を渡ると、新地町(牛久市)。ところが沼に面した水田は龍ヶ崎市庄兵衛新田となっている。何だか変な感じだが、牛久沼にはこのような飛び地がたくさん所在する。桜井庄兵衛さんの牛久沼干拓失敗の遺産ともいえよう。
さて、新地町といえば、東林寺や東林寺城跡が頭に浮かぶ。牛久沼に突き出した高台が戦国時代の平山城・東林寺城があったところである。
pm3:45

東林寺城跡・郭と郭を結ぶ土橋
前方に桜並木の遊歩道があり、この道を進むのも良いだろう。が、今日は東林寺跡へと向かう。本通は桜並木入り口を過ぎたところで右に大きくカーブしているが、真っ直ぐに山に向かった細い坂道を登る。登り切ったところから沼向こうの泊崎がよく見える。おそらく見晴台があったのだろう。そしてそこから先は耕地が広がっている。意外と広い。おそらく本丸があった場所であろう。農家が二軒ほど建っている。その周りは私道とも径とも畦道とも区別が付かない細い小径が何通りもあり、初めて来る人は迷う。そして木々に囲まれた切通を過ぎると、やがて曹洞宗東林寺の裏に出る。この辺も広々とした耕地になっている。おそらく二郭か三郭があったところであろう。さらに進むと、四郭あるいは外城を結んでいたと考えられる土橋があり、このあたりはゴミの山である。嘆かわしい限りだ。さらに1kmほど進むと、三日月橋から続く本道に合流する。
pm3:58

天神下の渡し場跡
本道は暫く牛久沼湖畔から離れ、平坦な台地上を走る。離れるといっても、距離的にはさほど遠ざかるわけではない。その証拠に庭先にボートを置いた家が目に付く。つまり左手、沼に面した西側を雑木林や木立が景観を遮っているのである。また沼沿いに公道が無いため沼に近づけない。
やがて茎崎(つくば市)の中心部に出るのであるが、その1kmほど手前に沼岸に向かう道がある。その道を下りると「天神下の渡し場」に出る。そこにはつくば市教育委員会設置の案内版が立っていて、当時の牛久沼農村の生活模様を知ることが出来る。
つくば市教育委員会の説明によると次の通りである。
ここには、昭和の初期まで「天神下の渡し場」がありました。当時の茎崎村東部と西部の岩崎地区を結ぶ重要な交通上の唯一の水路で、毎日多くの人々が往復し賑わっておりました。田舟よりやや大型の専用舟に客を乗せ、船頭が竿をさし櫓を漕いで対岸の「永作の舟渡」まで運び、船賃は歩行者二銭自転車利用者五銭でした。茎崎第一・第二小学校の運動会の際は、姉妹校への参加応援のため多くの児童がここを渡りました。また、板橋不動尊のご縁日には御参りに行ったお祖母さんがお土産に買ってくる名代の団子を楽しみに大勢の子供達が待っていたそうです。強風・荒波の日のために、水路には太い丸太が約十メートル間隔で立てられ、丸太を結ぶ針金が張られており、荒天の場合はその針金を手繰って向こう岸までは運びました。渡し場付近の沼底は、砂地のため子供達の絶好の水泳場となり、前記の丸太の岸から何本目まで泳げるかで水泳技量のランク付けをしていました。また、底まで見える水質と相まって魚介類が豊富に捕れ、天然鰻の宝庫でもあり、古沼しか生育しない「じゅんさい」という珍味な水草も採れました。沼に繁茂する藻は当時の田畑の貴重な肥料ともなり、夏季に漕ぎ出す藻採りの舟は若い男女の楽しい交歓の場でした。天神様は遠い昔、今の八坂神社に還宮され、天神山の土も殆ど森の里団地造成時に搬出され、今はその名残のみの地となっております。
2000年3月 つくば市教育委員会
pm4:02

森の里団地入り口
左手に牛久沼をを見ながら北上すると、本通に合流する。そこは森の里団地入り口である。森の里団地は東谷田川(牛久沼の一部)の東岸に造成された団地で、森と沼に囲まれた閑静な住宅地である。「男はつらいよ・寅次郎真実一路」の舞台になったところでもある。
pm4:06

茎崎橋
森の里団地のすぐ近く、東谷田川に架かった茎崎橋。欄干に河童の絵が描かれている。ここでも河童が健在である。
pm4:08

茎崎橋から下を眺めれば、何と!大魚の大群が。これは鯉の養殖でしょうか?牛久沼漁業組合さん教えて。
pm4:11

茎崎運動公園
茎崎橋を渡ると、本通から離れ沼に大きく突き出した泊崎に向かって南下する。途中に茎崎運動公園があった。
pm4:12

永作の舟渡跡
茎崎運動公園の近くに、「永作の舟渡」の看板が建っていた。「天神下の渡し場」との間を舟が行き来し昔は賑わっていたのであろう。今ではその面影もなく当時を偲ぶのみである。つくば市教育委員会によって紹介文が書かれているが、「天神下の渡し場」とほぼ同文なのでここでは省略する。
pm4:15

福祉センター
森の里団地で水分補給をしなかったことが悔やまれる。ああ、のどが渇いた。炎天下の中1時間半。ここまで水分補給をしなかったことに気がつき、自動販売機を探したが、どこにも無い。福祉センターの中を覗いたが、無念。2km先のレイクサイト茎崎へとスピードを上げる。
PM4:30

レイクサイド茎崎
レイクサイド茎崎に到着。やっと一息。自動販売機はプール入り口にあった。周りに水着姿のご婦人が、これはご馳走様です。ポカリスエットが格別美味しかった。
レイクサイド茎崎は、温泉設備(人口)やレストラン、宿泊施設のほか、テニスコート、、ゴルフ練習場、夏場はプールがあり、誰でも気軽に楽しめる国民年金の施設である。
pm4:40

レイクサイド茎崎のすぐ下にある水辺公園。以前は「ほたるの里」と書いてあったのだが。おそらく、ほたるの飼育に失敗したのであろう。農薬を止め、野原や小川が綺麗になれば、ほたるは自然と繁殖するはずだが。
pm4:45

庄兵衛新田町より
泊崎の最南端に向う途中。水田の合間の畦道を通って、牛久沼に接近すると、葦が茂った沼辺が続いている。この辺の水田も龍ヶ崎市の飛び地庄兵衛新田町である。
pm4:55

泊崎最南端
泊崎の先端から眺める牛久沼はまさに180度のパノラマ。左手に新地町(牛久市)、正面に城中町(牛久市)から若柴町(龍ヶ崎市)、右手に佐貫(龍ヶ崎)から藤代j町が広がる。沼に浮かぶ小舟がいっそう風情を誘う。
pm5:00

泊崎
途中綺麗な花が咲いていたので、デジカメで一枚。おっとと、危うくスズメバチに襲われそうになった。綺麗な花にはご注意を!
pm5:03

泊崎、弘法の硯水
泊崎最先端から今度は西岸の細い道をを北上すると、途中弘法大師の足跡が残っている。弘法の硯水と言って、この水を使って字を練習すると上達するといわれている。
ちょうど、この丘の上の先端部分に、大師堂があり、弘法大師がこの地を訪れ千座護摩を修めたと言う伝説がある。が、その真相は分からない。単なる伝説か?
pm5:10

西谷田川、庄兵衛新田町より
またしても水田の合間の畦道を通って西谷田川(牛久沼の一部)に接近する。ううん、ちょっと日が翳ってきてなかなか風情がある。
pm5:35

西谷田川、細見橋より
西谷田川は細見橋のところから、北に向かって大きく膨らんでいる。その西岸が筑波郡伊奈町で、伊奈町も僅かばかり牛久沼に接している。
pm5:40

二千間堤(藤代町)より
細見橋を渡ると左方向に沼に沿って砂利道が続いている。これは二千間堤と言って、江戸時代の治水の達人伊奈忠治が水害を防ぐため、沼の西側を南北に築いた堤防である。当時は八間堀口から福岡村(現谷和原村)まで続いていて、その長さから二千間堤と呼ばれるようになったらしい。
ここから北相馬郡藤代町である。
pm5:48

二千間堤(藤代町)
二千間堤は国道六号線への最短コースであるが、砂利道のため車は殆ど見かけない。自転車で走ると、のどかな牛久沼の風情を感じることが出来る。
pm5:50

西谷田川、二千間堤より
釣り人の忘れ物?と思われるボートが一艘。最近はブラックバスが少なくなったせい?太公望もめっきり減った。
pm5:53

筑波山、二千間堤より写す(アップ画像)
細見橋と八間堀口の中間地点。ここで見る牛久沼が一番綺麗だ。晴れた日は筑波山を意外と近くに望むことが出来る。
そろそろ、砂利道を走りすぎた為か、お尻が痛くなった。あと2kmで牛久沼一周完走となる。
pm5:55

牛久沼大橋
そして、龍ヶ崎市に戻った。鰻料理店伊勢屋と八間堀水門の間を、今建設中の藤代バイパス牛久沼大橋が架かっている。完成はまだまだ先だ。
終着点鶴舞まであと僅かだ。
pm6:00鶴舞帰着
普通に突っ走しったら2時間ぐらい掛かる距離なのに、山あり谷ありの真夏の牛久沼。写真を撮りながらのんびりのサイクリング。3時間以上掛かってしまった。
因みに、牛久沼は河口湖とほぼ同じ大きさで、河口湖なら自転車での一周は1時間程度で走れる。(実践済み)ところが牛久沼の場合は、沿岸が入り組んでいて、そして沼に沿って道が整備されてなく、また砂利道や坂道もあり、どうしうても河口湖一周の倍以上掛かってしまう。
とにかく炎天下で大変だったが、自転車ならではの見所もたくさんあった。今度は歩いて一周に挑戦したい。