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犬田卯 随筆集3 

沼のまぼろし --芋錢の河童---3
  「利根川圖誌」にも一つ河童の話が出ている。
  「望海毎談に、刀彌川にネ、コといへる河伯あり、年年にその居る所變る。所の者共、その變りて居る所を知るその居る所にては人々も禍ありといへり。げにカッパの害ある談多し」云々。利根の沿岸地方には「カピタリ餅」の行事があるかないか聞いたこともないが、とにかくカッパというもの、まことに困却した存在であるには變りはなく、また「蜀山人全集」の中に出てくる水戸浦の「屁コキ河童」というのを芋錢先生は畫にされているが、それは、
  「享和辛酉六月朔日、水戸浦より上り候河童身長三尺五寸餘、重さ十二貫目有之候殊の外形より重く候海中にて赤子の鳴く聲夥敷いたし候間、猟師ども船にて乗りまわり候へば、いろいろの聲仕候。夫れよりさしあみを引まわし候へば、鰯網の内へ十四五疋入り候が、をどり出で逃げ申候が船頭ども棒櫂等にて打ち候へばねばり付き一向に櫂等きき不申候。その内一疋船の中へ飛び込み候故、とま杯押かけ其上よりたたき打殺し申候。
  其節またもや赤子の鳴聲いたし申候。河童の鳴聲は。赤子の鳴聲同様に御座候。打殺し候節、屁をこき申候が、誠に堪へがたきにほひにて、船頭杯、後に煩ひ申候、打ち候棒かひなど、青臭き匂ひいまだ去不申候、尻の穴三つ有之候。總体骨なき様に相見え申候屁の音はいたさず、すつすつと許り申候」云々というのであつてこれまた、あまり好ましい存在ではない。
 然し芋錢先生は、最初の頃、これらのカッパを、俚俗そのままに描かれ、あえて、粉飾を加えられなかつた。民謡カッパや。都々逸河童を描かれたのは、やや、晩年のことであり、更に禪的、哲学的河童は。これは全く、晩年の所産である。
  これらの瓢逸味を帯び禪味を帯びた河童と平行して、先生にはもう一つ「山魅水妖」という畫材があつた。「芋錢子開七畫冊」の自序中に曰く、
  國中往々怪を描くものあり、其予が癖にして實に東洋民族の癖なり、縁由する處は老樹○○(解読不能)爪水中狐獺の類、則自然物体中より、其妖気魅形を補足し來る。惟うに宇宙間虚霊遊動して予が方寸を誘くものか。彼の古の蝶化幻化は遠く~仙の域に属す。予は只予が畫中の人となり能く病弱を忘れて、茲に生涯に遊戯せんのみ」
  河童も即ち、かの「桃源境」や「木精」など同じく、ひとつの理想境、「極所」の表現に他ならなかつた。老莊や禪の味讀によつて達せられるような三昧の境地------そこに悠々自適しようとされたのであつた。
  このことは、先生自身「河童百圖」の序の中で言われている。
  「カッパといふもの、古動物として存在したりや、又怪異として存在したりやといふに、動物としては、享和辛酉六月朔、常陸國水戸浦の漁夫が捕へたる屁こま河童の記録により、其存在を確めたり。怪異としては、九州其他の傳説に不思議を残したり、さもあればあれ、予は唯想像の翼に任せて、筆端カッパを捉へ、カッパを放ち、遊戯自在に振舞ひて、終に三昧に入れるを以て楽しみとなす。即、芋錢のカッパか、カッパの芋錢か、の禰ある所にか」
 畢竟、沼のまぼろし----狐火とか鬼火とか言われるようなものと同じく、沼というものの持つ何とない神秘感、茫洋とした、捉えどこのないような、有るような、一種の夢幻的なものが、遂にかくの如きものとなつて藝術的表現を持つたのであろう。
  芋錢先生の落款に「無描所」というのがある。推寫を絶したところ----即ち「無」の境地にこそ、本當の藝術境、畫境は存在するという意味である。そしてまた、そこにこそ、人生の妙所も、宇宙の妙機も存在するという意味である。
  音をもつて表現する音楽に於ても、「無音」ということが言われる。即ち、音のないところにこそ、却つても音の表現する極致が在る。繪畫においても、それと同じく、「無描所」にこそ極致がある。
  そしてこの極所にこそ謂ゆる「三昧境」はあるのであろう。 
(おはり)