住井すゑ
『向い風』の世界2
一年後、牛久沼
それはゆみにとってあまりにも皮肉な運命である。ゆみの妹 とよ と再婚した健一。その直後の庄三の死。ゆみは行き場を失なうのである。
兄の安雄の自転車の荷台に腰掛けて、牛久沼沿いの国道を走る。ゆみにとって、もとに戻れぬ悲しい里帰りであった。
ゆみの故郷は牛久沼の対岸の村で、距離こそさほど遠くないが、沼を挟んで郡名が異なり、交流も少なく、精神的な面で距離があった。
安雄「ゆみ。心配するな。お前と光夫の飯米くらい、俺は持っているからな。」
ゆみ「兄さん。俺は女中をしても、この子は育てるよ。」
冷たい北風が沼からふきつける。何も知らない光夫はゆみの肩で嬉々としている。
数日後、健一の家
姑(いく)にとってこの嫁は許し難い存在であった。それは義祖母(なか)も然りであった。しかし夫を失った いく と、子を失なった なか の心は微妙に変化してゆく。そして一つの切っ掛けからお互いの心が通じ合った時、嫁と姑、嫁と義祖母の別れの時であり、健一とゆみとの本当の別れでもあった。
ゆみは、お父の墓参りを兼ねて荷物を引き取りに戻り、今後のことについて健一家族と話しをする。
ゆみ「俺はこんど、いい具合に・・・・」
とよ「嫁に出るのか。」
ゆみ「ははははは。そんないい話じゃなくて残念だけど・・・・。実は、作る田畑が見つかったんだよ。」
健一「それは良かったなァ。」
健一にとって、ゆみとの再会は僅かな時間、僅かな会話しか許されない。新妻とよの激しい嫉妬のためであり、それはゆみが一番心に感じることである。そして再び別れが。
いく「ゆみは今日帰るのかい。一晩だけでも泊っていけないのかい。」
なか「ゆみ、すまないなァ。」
ゆみ「婆ァ。すまないなんて、そんなことあるものか。」
なか「そんでもよ」
なか婆さんはいろんな思いが去来したのだろう。悪いのは自分の息子庄三なんだ、ゆみは何にも悪いことしてないのに。それなのに自分に対して尽くしてくれたゆみを追い出すような気がして、すまないと・・・・。
なか「ゆみも光夫も、達者でな。」
ゆみ「婆ァちゃんまたくるからな。」
光夫も背中でバイバイをして、いくとなかに笑いを誘った。