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野づらは星あかり2

お召列車(五十銭黄銅貨)
夏は短く過ぎて、台地畑は至るところ秋蕎麦の花盛りだ。
盛りの花は、昼は太陽にきらめいていよいよ白く、夜は夜露を含んで又白い。
台地を包む大気も花の白さに洗われてか、その清澄度が増す気配。

まさに秋--。 一年間の中で、極めて忙しい農繁期の季節である。農作業を終えた人々が慌しく行き交う牛久沼畔

「オー、だめだ、だめだ。」
そこは小さな無人踏切----。私服警官は両手をひろげ、大声にわめいた。

"大塚山の踏切≠ニ称んでいるその踏切は、牛久駅と佐貫駅のほぼ中間にあたっていて、別して見通しが悪いというわけではなかったが、不思議と事故や自殺の頻発する、いわゆる魔の"踏切≠セった。

現実の牛久駅と佐貫駅の中間にあたる踏切は遠山踏切が該当する。牛久沼沿いの国道6号線、牛久市と龍ヶ崎市の市境からやや牛久市寄りに入ったところに位置し、確かに昔から事故の多い踏切だ。そうすると、小説の主人公、要吉と妻のなみが帰ろうとしている部落(むら)は遠山町(牛久市)に存在するのだろうか。この踏切付近一帯から東南に広がる台地上は牛久市遠山町となっている。
 小説の冒頭で、稲敷台地の中原―。中原は戸数八十七。一寺の他はすべて農家の月並みむら。もし、強いて言うなら、周囲二十五キロの牛久沼を眼下にひかえているのが一つの特徴でもあろうか。と書かれている。そして、後の文章によると中原は女化神社に続く稲敷台地となっている。牛久沼、女化神社、この二つのキーワードにより、中原むらはやはり遠山町としか考えられない。ところが、その場所はむらを形成するには人家が少なく、また眼下に牛久沼を見下ろすこともやや困難で、小説の中原むらとは随分イメージが違っている。ところが、牛久沼から女化に続く台地上。その青々とした田園の長閑さは、住井すゑが小説の中でイメージを膨らませるに充分な場所だった。

「おーい、下れ、下れ!」と踏切から遠ざけようとする警官。

 農作業を終えた要吉と妻のなみは家路へ急いでいる。しかし踏み切りの手前で、警官に行く手を遮られた。下がれと言われても、荷車を引いている要吉となみにとって、それは大変なことでり、まして踏切を渡らない限り家には帰れない。

警察官のただならぬ緊張と横暴ぶり、この理由は、天皇陛下が戦後の民情視察のため、水戸まで巡幸遊ばされるとのことだった。つまりお召列車がここの踏切を通過するからなのだ。そうと分かっても、要吉となみは釈然としない。大臣だろうが、大将だろうが、裏はともかく、表向きはみな天皇の命令で動く臣なのに・・・。その臣達が、戦犯として葬られているのなら天皇も同じはずなのに、お召列車で、日本中を巡幸と称して旅行している。こんなの、どうしてもおかしいよ。・・
とにかく、要吉となみにはまったく関係のない迷惑な話であった。

要吉は沼の向う空に瞳をやった。俗に釣瓶落しといわれる秋の陽は、くるくる舞うように富士の裾方に近づいて行く・・・・・。それでもすっぽり姿をかくすまでは、まだ暫く間がありそうだ。

何気ない風景描写の中に、不条理に遮られた時間と、急ぎ足のごとく太陽が傾いてゆくさまを対比させている。要吉には、それでも日が暮れるまではもう暫く時間があると・・・・。

「遠山踏切付近」画像を見る