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女化原の伝説

キツネの恩返し
根本村の忠五郎は土浦へむしろを売りにいった帰り道、高見ヶ原の山道で白キツネを鉄砲で狙っている猟師を発見。忠五郎は大きなセキをしてキツネを逃がしてやった。その猟師は怒り狂ったが、忠五郎はむしろを売ったお金を差し上げて事無きを得た。
その夜、忠五郎の家へ美しい娘が夜道を迷ったので泊めて欲しいと訪ねてきた。八重というその女性はその後仕事を手伝い、いつしか二人は夫婦になり、3人の子供が出来た。ある日、長女が末の子を抱いて寝ている母親がキツネの姿をしているのに気がついた。八重は自分の正体が見破られたと知るや高見ヶ原の原野へ逃げ去った。忠五郎は、憐れに思いこの近くに祠を建て、女化稲荷として祭った。そしていつしかこの付近は女化原と呼ばれるようになった。

キツネの恩返し続編その一
忠五郎の長男亀次郎は貧しい百姓で毎年年貢米の供出に苦しんでいた。
その年の亀次郎の稲作は特別できが悪く、稲穂どころか水田はまだ青々していた。そんな時、年貢の量を決める役人がやってきて、この散々たる状況を見て年貢米を免除するよう決めた。役人が帰ったあと亀次郎の水田はなんと稲穂は黄金色に輝いているではありませんか。これは女化稲荷に祭られたキツネのご利益と考えへ、その後百姓達はこぞって五穀豊穣の祈願をした。

キツネの恩返し続編そのニ
忠五郎の次男竹松は祠から聞こえてくる母の言葉を聞いた。「私があなた達の守り神になってあげる、都に上がって公家に使えなさい」母の言葉を信じ竹松はその通り都に上がった。そして年月が経ち、竹松の子の千代松は神童と呼ばれるようになり、やがて常陸に帰った千代松は牛久城主岡見氏の武将栗林左京亮の婿養子となり栗林義長と名乗りさらに立派な武士へと成長した。
時は戦国末期、彼は武将として常陸、下総を一体を制覇しその戦いぶりは素晴らしく、「神霊の宿る特別な男」と思われ、自分自身を祖母に守られた幸運な男と評した。
そして義長は祖母が祭られている祠近くに女化神社を建立した。

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