遠山城3
はたして、遠山城の本丸はどこにあったのだろうか。総ては推測の域であるが、本丸は、丘の南端の牛久沼が一望出来る場所だったのだろう。その場所は、丘の中でも一際高い平坦な場所で、現在は竹林に囲まれた畑になっている。その場所を少し下ったところに遠山集会場があり、その前の道は掘り切り跡と思われる。そして鹿島神社へ続く舌状台地上の随所に土塁が残っている。恐らく二の丸があったのだろう。そして三の丸の存在は・・・・
遠山城跡をあとに、再び旧水戸街道に戻り牛久方面へ向かうと、向台小学校前の三叉路に出る。三叉路を直進すると、緩やかな下り坂が常磐線の銅像山踏切まで続いている。
実はこの三叉路にはもう一方に曲がる隠れた道がある。三叉路の西側を良く見ると目立たないけれど雑木林に向かって細い坂道が有ることが分かる。この道を一歩踏み込むと右側は小規模の墓地があり、反対側は雑木林が生い茂った藪となっている。更に進むと、畑が広がり、前方に遠山城跡のある高台を望むことが出来る。この道は、現在は農作業のためだけの道であるが、中世においては遠山城本丸と三の丸を結ぶ軍事的に重要な道だったことが考えられる。実は、墓地前の藪の中に、向台土塁があることが専門家によって確認されている。更に向台小学校から300メートル先を、車道を南北に横断する形で、桜塚土塁跡がくっきりと残っている。これらの土塁と、遠山城との関連は、断定は出来ないが、恐らく向台小学校付近に遠山城の三の丸があったのだろう。いずれにしても遠山郷防衛のための土塁と考えられる。