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東林寺と東林寺城2

曹洞宗福壽山東林寺

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東林寺は岡見氏滅亡後は一旦廃寺となるが、牛久城を継いだ由良国繁によって太田山金龍寺として再興。由良氏滅亡後金龍寺は本堂を残して龍ヶ崎市若柴へ移転する。その後山口氏によって寛保元年(1741)再び東林寺として再興する。
 東林寺城が、どの時点で廃城になったかは分からない。

東林寺裏手に大きな二基の五輪塔が建っている。この五輪塔は、本来東林寺とは無関係の墓で、この寺の開基より時代を遡り室町期に造られたものと考えられている。もともとは東林寺の南側に建っていたが土木工事のため、東林寺境内へ移されたのである。
 さて、五輪塔は二基とも像高145センチで地輪部が高く水輪部は円形で火輪部は勾配が大きい。このような形をした五輪塔は平安時代に始まり、鎌倉時代に普及し江戸時代初期まで続いた。

東林寺五輪塔(市指定文化財)画像を見る