茎崎町・下大井遺跡2
遺物
石器・石製品
ナイフ形石器、剥片、石鍬、紡鐘車、双孔円盤、敲石、勾玉、管玉
土器
縄文土器、土師器(坏、高坏、甕)須恵器(坏、高台付坏、蓋、椀、こね鉢、甕、鉢、、高盤)墨書土器、灰釉陶器、三彩陶器、転用硯、土師質土器
金属製品・金属
鎌 煙管 鍛治関連遺物(鉄滓)
「旧石器時代のナイフ原石」画像を見る
「旧石器時代出土と考えられるナイフ形石器」の画像を見る
「平安時代の須恵器」画像を見る
「平安時代の墨書土器」画像を見る
総括
僅か1000坪ほどの狭い場所ながら、旧石器時代から平安時代及び近世と広い範囲の時代の遺物、遺構の出土は驚きである。
この地に旧石器時代に人々が最初に住み付き、縄文時代に引き継がれ、そして古墳時代に集落及び部落国家が形成され奈良・平安時代まで引き継がれたものと想像出来るのだが、、、?
遺物の中には奈良時代に遠方からもたらされたと考えられる三彩陶器や、上家・上寺と書かれた奈良・平安時代の墨書土器、そして身分の高いお役人にしか着用が許されなかった革帯、青銅製のバックルがあり、常陸国風土記に記載された河内(かっち)郷の解明、つまり律令体制における郷庁がこの地にあり、役人が住んでいた可能性、石岡に国府を置いた常陸国九郡の内の河内郡河内内郷の存在を解明する貴重な資料と期待されている。
三彩土器破片の画像を見る
県内でも出土が数少なく、奈良時代の物と思われる三彩土器破片。
もともと白、緑、黄色の三色で彩られていた。