成井一里塚2
史跡・成井一里塚の形態は、まず、道の東側(牛久方面に向かって右側)は奥行き10m、幅12m、高さ1.2m。茅と雑草で覆われていて、実に殺風景と言うか、たんに土が盛り上がった状態としか思えない。ただ遠くからの見通しが西側よりも良く、石碑と案内板はこちら側に建っている。一方西側は、奥行き13m、幅6m、高さ2m(東西いずれも目測)で、道に面した部分の欠落が著しいが、奥行が深く、盛り上がった部分に松が数本と椿が植林されている。栗林と隣接するため、あまり目立たないが、僅かながら一里塚の風情を偲ぶことが出来る。
多くの一里塚が長年の時を経て風化、あるいは道路拡張工事のため姿を消してしまったことを思うと、ここは道の両側にそれらしき形を留めていて、貴重な歴史の証人と言えるだろう。
さて、一里塚とは、名前が示すとおり里程標であり、馬やカゴの料金計算の目安となっていたのだが、目印として榎や松が植えられていたため、旅人の格好の休息場所となったのは言うまでもない。その当時の人の歩行距離は1時間4キロ、1日の歩行距離は平均約33キロで、車社会の現代人からみれば想像も付かないぐらい健脚であった。行く先々で人情や風情にふれながらののんびりした旅。喜びとともに心身の疲労も激しく、一里歩けばまたその先の一里と、心に刻みながら歩き、行く手に聳えている榎を見つけたときは、ああ、一里塚だ!と安堵感と喜びをかみしめ、履きつぶしたワラジの交換を考たりしたのだろう。風流な旅姿であった。