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赤松遺跡

特徴
縄文時代(紀元前8千年?〜紀元前3百年)の竪穴住居、遺物を主とした遺跡。
縄文時代は地球の温暖化が進み、氷河期は終焉した。このことに依って海面は上昇し海抜0〜4mの平野部は入海となった。これを縄文海進という。竜ヶ崎の場合、現在の平野部水田地帯、及び旧市街地は入海でニュータウンなどの高台は海岸沿いの陸地であった。縄文人達にとってこの稲敷台地は、海の幸や木の実が手に入れやすく、気候温和な住み易い土地であったことが想像できる。
この遺跡は、沖餅遺跡から至近距離に存在しているので、このあたりは、古くから広範囲に集落が点在していたのであろう。現在の地名は松葉二丁目であるが旧地名から若柴赤松遺跡と言われている。、

所在地
龍ヶ崎市若柴町赤松(松葉二丁目)

遺構
竪穴住居跡39件、土抗212基

土器
深鉢形土器、浅鉢形土器、磨製、打製石斧、石鍬、凹石、土器片鍾、土製円板

*以上は縄文時代のもので、その他古墳時代のもの多数出土している。


赤松遺跡は今の龍ヶ崎市立松葉小学校付近にあたる。たまたま出土した場所が小学校建設予定地付近であったということはこの遺跡にとって、幸運であった。その後、生徒たち主導のもとに竪穴式住居は復元され、今では赤松遺跡の証となっている。

赤松遺跡全景の画像を見る

赤松遺構分布図画像を見る

赤松遺跡竪穴住居跡画像を見る

復元された竪穴住居(松葉小学校校庭内)画像を見る

沖餅遺跡

廻り地A遺跡

屋代A、B遺跡