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屋代A、B遺跡

特徴
龍ヶ崎市内の中では数少ない弥生時代(紀元前3百年〜紀元3百年)の遺跡。
縄文時代は海進現象で平野部が非常に狭まった時代であったが、その後地球の気候が僅かさがり、それに伴う海退現象によって沖積平野が形成され、今日のものと同じ地形が成立した。さらに渡来人によって稲作が伝授され急速に人口が増えた。それが弥生時代である。
龍ヶ崎市全般において、これまで確認調査された遺跡は屋代A・B遺跡、外八代遺跡、南三島遺跡、尾坪台遺跡、長峰遺跡と全部で10ヶ所ほどで、いずれの遺跡の集落構成期も弥生時代中期から後期である。

所在地
龍ヶ崎市八代町

出土した遺構
竪穴住居50軒
竪穴住居跡の規模は、5m前後のものが大半であり、最大のものは10.4.m×8.27mである。竪穴住居跡の内部構造のうち炉は地床炉であり、住居跡の中央部ないし西寄りに位置している。

出土した土器
壺形土器、甕形土器 その他古墳時代から近世にかけての土器多数出土

屋代B遺跡の画像を見る

弥生土器イメージ(屋台A遺跡) 画像を見る    


沖餅遺跡

赤松遺跡

廻り地A遺跡