茎崎町・下大井遺跡

 

「常陸国風土記」に、それ常陸の国は、境は是広く大きく、地もまた緬(はる)かにして、土壌(つち)も沃墳(よくこ)え、原野も肥えて、墾発(ひら)く處(ところ)なり。海山の利ありて、人々自得(みずから)に、家々にぎはえり。、、、と書かれている。
つまりこの大地は太古の昔から自然環境に恵まれていて、衣食住の人間の営みに大変優れていた事が想像出来るのだが、、、

 

遺跡概要

牛久沼の周辺町、そしてつくば市に隣接する茎崎町、正確には茨城県稲敷郡茎崎町大井。小野川右岸の標高約21m前後の台地上に位置している。面積、4136.78uの畑から旧石器時代、縄文時代、古墳時代、平安時代、中世、近世の集落跡、塚、墓跡が発掘、遺構、遺物が出土。これは首都圏中央連絡自動車道(圏央道)建設に伴なう埋蔵文化財の発掘調査によるものである。
調査は平成11年4月1日より同年8月31日まで茨城県教育財団によって行われた。


発掘作業中の下大井遺跡全景

遺構

縄文時代、竪穴住居跡--------6軒

古墳時代、竪穴住居跡--------2軒

平安時代、竪穴住居跡--------20軒

土坑(墓壙を含む)-----------77基

溝------------------------3条

旧石器集中地点-------------4ヶ所

中世の塚-------------------1基

不明遺構-------------------1ヶ所


旧石器集中地点


縄文時代、竪穴住居 平安時代、竪穴住居

 

遺物

石器・石製品 ナイフ形石器、剥片、石鍬、紡鐘車、双孔円盤、敲石、勾玉、管玉
土器 縄文土器
土師器(坏、高坏、甕)
須恵器(坏、高台付坏、蓋、椀、こね鉢、甕、鉢、、高盤)
墨書土器
灰釉陶器
三彩陶器
転用硯
土師質土器
金属製品・金属
煙管
鍛治関連遺物(鉄滓)
平安時代、須恵器各種


旧石器時代、ナイフ原石 平安時代、墨書土器


旧石器時代出土と考えられるナイフ形石器

 

総括

僅か1000坪ほどの狭い場所ながら、旧石器時代から平安時代及び近世と広い範囲の時代の遺物、遺構の出土は驚きである。
この地に旧石器時代に人々が最初に住み付き、縄文時代に引き継がれ、そして古墳時代に集落及び部落国家が形成され奈良・平安時代まで引き継がれたものと想像出来るのだが、、、?
遺物の中には奈良時代に遠方からもたらされたと考えられる三彩陶器や、上家・上寺と書かれた奈良・平安時代の墨書土器、そして身分の高いお役人にしか着用が許されなかった革帯、青銅製のバックルがあり、常陸国風土記に記載された河内(かっち)郷の解明、つまり律令体制における郷庁がこの地にあり、役人が住んでいた可能性、石岡に国府を置いた常陸国九郡の内の河内郡河内内郷の存在を解明する貴重な資料と期待されている。





県内でも出土が数少なく、
奈良時代の物と思われる
三彩土器破片。
もともと白、緑、黄色の三色で
彩られていた。