| 牛久沼を見下ろす八代・庄兵衛新田線県道(白鳥通り)の道路脇に白い物が散乱しているので、貝塚では?という情報が寄せられました。 本日(平成13年2月10日)確認に行ったところ、白い物の正体は風化した貝殻と分りました。現場は民家の敷地内で公道を向いた2メートルほどの傾斜地で、貝殻が剥き出しの状態で散乱していました。漠然と見ていると単なる廃棄物ですが、しかしよく見ると同じ場所に縄文時代の物と思われる土器の破片が埋もれていて、これは貝塚だなと、すぐに分りました。 龍ヶ崎市史・原始古代資料編の遺跡地図を調べると、その場所は馬場下遺跡となっていて、詳しい資料は何もありませんが、おそらく、ニュータウン造成に伴う道路建設の過程で発掘調査されたものと思われます。 その内容は下記の通りです。 馬場下遺跡 所在地 龍ヶ崎市庄兵衛新田町馬場下 遺跡の種類、散布地 時代 縄文時代、古墳時代 立地 牛久沼の東、若柴地区から牛久沼に突き出た標高24m前後の台地上の突端部に遺跡は所在する。台地の周辺は牛久沼から侵食谷によって形成されている。 以上の通りで、この度の貝塚は、既に調査済み湮滅したものが、敷地内の造園の過程で改めて剥き出しになったのだと思います。したがって、特別な事がない限り、遺跡の再調査はありえないでしょう。 |

貝殻が散乱する現場
![]() |
![]() |
| 縄文時代と思われる土器の破片 | 風化した赤貝、はまぐりの貝殻 |
| 更に当日は、馬場下遺跡より300メートル程ニュータウンよりの建設現場で土器破片を発見しました。遺跡地図で確認すると長町遺跡となっていて、馬場下遺跡と関連性があると思われます。 龍ヶ崎市史・原始古代資料編によると次の通りです。 長町遺跡 所在地 龍ヶ崎市若柴町 種類 散布地 時代 縄文時代、古墳時代 立地 馬場下遺跡の所在する台地の東端に支谷が入り込んだ谷頭に遺跡は位置する。 以上の通り、内容は馬場下遺跡とほぼ同じです。 |

(長町遺跡、遺物)
建設作業現場から見つかった土器破片
遺跡の情報から判断すると古墳時代のものと考えられますが、
模様は平安時代の土器とよく似ています。