平成15年11月29日、「龍ヶ崎の価値ある建造物を
保存する市民の会」第2回定期総会

 11月29日、PM7時まいん2階コニュニティールームにて第2回当市民の会総会を開催いたしました。
 旧小野瀬邸の保存運動から始まった当市民の会の活動は設立から1年が経過し、私たちが中心となって提唱した旧小野瀬邸の登録文化財への申請が晴れて認められました。その間、当市民の会が主催した写真展やお茶会などのイベントに、たくさんの市民の皆様に来ていただき、旧小野瀬邸の良さを知ってもらいました。その都度私たちの活動の輪は広がり、現在200名を越える市民の方にお仲間になっていただきました。当市民の会を支えていただいた多くの皆さまに感謝申し上げます。
開会の言葉、八木副会長 片山会長の挨拶
 
 今回の総会は、あいにくの小雨模様のためか出席者の数は少なく、200名の会員を擁する会の総会としては少々物足りなさを感じました。事業報告、収支決算、事業計画、収支予算と予定通り議事進行する中に、質疑応答も少なく、盛り上がりに欠けた総会となりました。ところが、思いもよらず串田市長から30分にも及ぶ挨拶、激励があり、その中で旧小野瀬家に纏わる思い出や龍ヶ崎の町に対する熱い想いを語っていただきました。その言葉の一つ一つに深い味わいがあり、私たちの知らなかった、龍ヶ崎の町の在りかたや文化を教えていただき、今後の市民の会の活動を考える上での貴重なお言葉となりました。
 また、今回出席が叶わなかったオーナーの菅井様より、旧小野瀬邸の保存活用に共に取り組んだ私たち市民の会への感謝のメッセージを頂きました。
 
総会の様子 串田市長の挨拶
 串田市長のお話(概略)
  小野瀬邸は私の家と目と鼻の先の近さで、小野瀬忠兵衛さんとはお隣さん、地区組合としてのお付き合いで、小野瀬邸と言う建物の事より、小野瀬のこうちゃん(7代目忠兵衛)や家族との交流、つまり人としての関わりが強かったことが思い出として残っています。
 この町の商家はだいたいにおいて、長女が跡を継ぎ、番頭さんを婿養子に迎えるのが基本的な考えで、そういう状況の中で若い女性たちがこの町を盛り上げて行きました。その若い人たちから“おあねえさん”と呼ばれ慕われていたのが一郎(6代目忠兵衛)さんのお母さんで、「商売とはこういうものだよ、、、、」「ルールは守らなければ、、、、」と、いわば女将さん講座の中心的な存在でありました。
 一方、一郎さんはユニークな方で、政治には興味を示さず、「馬は好きだが人間は嫌いだ」とよく言っておられました。それは人間は嘘をつくからで、政治家である父親の姿を見て育ったからでしょうか。北海道に大きな牧場を持ち、動物を愛し、スポーツを愛しておられ、有名なスポーツ選手がよく牧場を訪れていました。また彼は、自分のことより、周りの人のことを第一に考え、利に疎く、商売はあまり上手ではありませんでした。


 私は青春時代を万博で沸く大阪吹田市の近くに住んでいました。千里ニュータンの高層マンションが建設されるのを目の当たりにして、これが町なのかなと疑問に思いました。その後、近江八幡に移り、長浜の町を目の辺りにして、土地を守ることの大切さ、古い文化や建物を守ることの大切さを教えてもらいました。ちょうどそのころ、龍ヶ崎にニュータウンが建設されることを知り、龍ヶ崎は千里とは違う形のニュータウンになって欲しいと願いました。

 昔、龍ヶ崎の商店は、品物を仕入て売ることはしなかったのです。下駄屋は材木を育て生地として生産し、肉屋は自分で豚を育ててそれを自分の店で売っていました。そういう商いをする伊勢屋、大和屋、その他龍ヶ崎を代表する商店が軒をならべていたのです。この事は、これからの中心市街地の活性化を考える上での原点になるはずです。そして、活性化を推進するためには、これから新たに龍ヶ崎で事業を起す場合の入りやすい町づくりが必要となるのです。たえば「ゆったり館」(龍ヶ崎農業公園)の集客力やショッピングセンターサプラのニュータウン進出の条件。交通アクセスの重要性や平面駐車場の確保など、基盤整理において企業者から多くの事を学びました。
 また、小学生から届いた一通の手紙。それには、開発著しい竜ヶ崎ニュータウンの一角。「木を1本だけでも残してほしい」という趣旨の手紙をもらい、小学生から重要なことを教えてもらいました。それはまちづくりにおいて土木学的発想ではなく、建築学的発想が必要なのだと。古いものでも良いものは残す必要があること。それらを考えるとき、小野瀬邸はの存在は大きいのです。これからも行政と市民が共同で古いものを大切にするよう考えて行きたいです。